部長日記を楽しみにしている者は後を耐えない。 そういう私もその一人です。 部長日記を読んでいるといろいろな疑問や考えが浮かんでくる。 それは恐らく私だけではなくて、部長日記を読んでいるものが少なからず 感じていることだと思います。
このページは部長日記を読んだ感想や疑問、 またはある記事についての仮説など 私の個人的な見解を自由気ままに書いていこうと思っています。 これを読んで皆さんも共感できること、 反論したいことなど、様々な思いが浮かんでくるかと思います。 そういう楽しみを部長日記の ファンとして共有できればきっとまた違う視点で 部長日記を読むことが出来るかもしれませんね。
8月の部長日記では部長のひと夏の行動がいろいろ綴られている。 この一ヶ月はいろいろな場所に行っていたみたいだけど、 部長の行動力はやっぱりすごいと思う。 一度決めるととことんやり尽くすところは ぜひ見習いたいところである。
7月の部長日記では部長の将棋に対する想いが余すことなく語られている。 もちろん部長は将棋部の部長だから将棋に対する想いは人一倍強いのは言うまでもないが、 それでも今まであまり部長日記でそのことにふれられる事がなかった。
部長日記の今までを振り返ってみると、部長のプライベートについての記述が中心で 将棋のことはそんなに語られていない。 なぜ今になって将棋に対する想いを語ったのだろう。
今回のことについてはいろいろ考えられるが、 可能性の一つとして部長はこの時期にプライベートを明かしたくなかったのではないだろうか? つまり将棋に没頭するというのはあくまでも建前で(部長はいつでも将棋に全力である)、 部長はトップシークレットで何か別の活動をしていたのかもしれない。 水面下で何か巨大な思惑が動いているような雰囲気は部員として私もうすうす感じていたが なにかまずいことでも起きなければ良いのだが・・・。
もう一つの可能性として考えられるのが、暗にメッセージを発した可能性である。 そんなに深読みしなければ、部員に対してもう少し気合を入れて 将棋に取り組めと読めないわけではないが、 それ以外に何か重要なメッセージが隠されている可能性もある。
可能性の話をすれば他にもいろいろ考えられるが、 はっきり言ってきりがないのでこれくらいにしておきたいと思う。 部長日記のいいところはその文面からいろいろ想像を膨らませることができる点である。 それは部長の書く文章の奥深さがなせる技なのだろう。
今回はなんと部長が自分の身のかわいさあまりに部費を使い込んでしまう。 ちょっと部長らしくない行動である。普段の部長ならばもっと別の方法でピンチを 回避していたはずなのに、今回の行動はあまりにも浅はか過ぎる。
そう考えるとこの行動には何か裏があったのではないか。そんな疑問がいやでも浮かんでくる。 例えばその次の日の出来事を部長はあらかじめ予測していたとしたら・・・。 部長の場合、予測をいうより予知というほうが適切かもしれない。
次の日、部長は部員たちに素直に告白する。部長は部長の座を辞するつもりだった。 それに対する部員の反応は普通の組織では考えられないものであった。 この一件で将棋部の結束はますます固くなったことはいうまでもない。 それどころか部長の潔さに部員たちの信仰はますます高くなった。
部長は最初から予知していたという視点に立つと、部費の使い込みという行動が とても自然なものに感じられる。まるで5手先を読み切って鮮やかに王を詰ました 棋譜を見ているような感覚にさえなってしまう。もしかしたら今回の使い込みは 部長にとっては定石の一手をただ指しただけなのかもしれない・・・。
4月に初登場したあの気に障るガラガラ声のやぶ医者になぜか部長は振り回されてします。 部長日記の中で最も登場回数の多いのがこの人だが、部員の中には殺気立つものも多く、 あのやぶ医者を探し出して報復しようとまで言い出すものもいた。 きっと部長に危害を加えたことに怒りを感じていることももちろんだが、 部長日記に出すぎているせいで反感を買ってしまったのだろう。 あのやぶ医者にしてみれば踏んだり蹴ったりである。
このあたりから部長日記に部長独自の季節感を語る記述がちらほら顔を出す。 その価値観は独特ではあるが、なんとなく共感できる考え方でもある。 決してパーフェクトなロジックではないのに、それでもなお人からの共感を得られることは すばらしい能力だと思います。この人はきっと部長になるべくして生まれてきた人なのだろう。
4月はさすがの部長も疲れが出たのかもしれない。 部長が体調を崩してしまう。 部員たちさえそんなことは全く知らず、 部長日記の4月の更新分を見て本当に驚いた。 いつも体調管理にうるさい部長がなぜこの時期に体調を崩したのだろう。 何かわけありっぽい予感がする。
部長の後継者探しはかなり大変なことは部長日記を読めばなんとなくわかる。 それにしてもそのプレシャーを誰にでもわかるようにクイズ・ミリオネアの比喩を使うとは なんと理解しやすく、そしてユーモラスなことだろう。こういったちょっとしたところからも 部長の偉大さを感じるのは私だけだろうか。
部長は悩んだ挙句、部長の後継者探しの良い方法を導き出した。 3月の部長日記ではそれは明らかにされなかったが、 その結論にたどり着くまでのプロセスを存分に語っている。 その思考回路はまさに将棋の考え方に基づくものである。 今回がたまたまそうだったかのかもしれないが、 私が考えるところ部長は、将棋を実生活に生かすと同時に、 実生活の経験を将棋にも生かしている。 そうやって双方で刺激しあって自分自身を高めていっているようにさえ感じられる。
こんなことはいうまでもないが、部長はちょっと特別な存在だ。 凡人とはいろいろな意味で一線を画する。 そんな部長と凡人との共通点を見つけ出すことは 部長の特異な能力を見つけるよりずっと難しいことかもしれない。 そんな中で部長は”サクラ”と”月光”に関して思うことだけは 凡人と一緒だと部長日記で語っている。 こういう当たり前のものほど、部長独自の価値観が光ると思うのだが どうも今回だけは例外らしい。
部長は1月の終わりの旅の途中で迷子になってしまうのだが、 部長のその非凡な才能を生かし、結局はちゃんと帰ってくることが出来た。 部長にはそれ以外にも様々な特技があるという。 それは恐らくこれからちょこちょこ部長日記にも出てくるはずである。 その部長の能力を読み解いていくのも部長日記の面白さかもしれない。
部長にとって最も辛い時期はきっとバレンタインデイだろう。 部長日記を読んでいる方ならそれに異論はないはずだ。 それにしても3日も飲まず食わずで、挙句の果てにトイレの水を飲んでまで トイレから出なかったというのは何と過酷なことだろう。 部長にはあこがれるが、これだけはちょっとマネしたくないかもしれません。
部長が積極的に部長の後継者探しを考え始めたのは恐らくこの時期でしょう。 今までも考えないことはなかったとは思いますが、 そんなに積極的に考えていたわけではないと思います。 自分はあと10年は大丈夫だけど、10年後には部長の後継者を育てていなければならない。 その記述から推し量ると、今から後継者を育てないと10年後の世代交代に間に合わないということになります。 それだけ部長になるというのは大変なことなんですね。
部長は将棋部の中でも圧倒的な棋力を誇っている。きっと普段から将棋の研究には余念がないはずである。 部長にとって将棋を指すことは空気を吸うように自然なことなのだ。 だから部長日記には将棋の記述があまり出てこない。 それなのになぜ部長はあえて1月の部長日記に将棋のことを書いたのだろうか。 それは恐らく、今年一年間も将棋に生きていこうという決意表明なのだ。 そうすることで部長自身だけではなく、将棋部全体の将棋に対する士気をあげるためのものではないだろうか。
正月早々意気込んでいた部長もスランプに陥ってしまった。 部長の将棋の強さはかなりのものだから、たまにはスランプになることもあるだろう。 そしてその度に部長はその壁を自力でのり越えて強くなってきたと先輩部員から聞いたことがある。 部長でもスランプになるのかと思うと、少し安心するし、なんとなくそれが励みにもなる。
さらに親切なことに、部長は自らのスランプ脱出法まで記してくれている。 たとえ部長でもスランプになるといろいろもがいている様が見て取れる。 部長がこうやってたまに見せる人間っぽさは私だけでなく、多くの人に親しみを与えてくれる。 それにしても旅行はぶっ飛んでいる部長らしい発想である。
12月の部長日記に部員を最近見てないとの記述がある。 確かに部長とはめったに会うことはない。最後に部長と会ったのはいつだっただろう。 そういえば今年はまだ一度も会っていないような気がする。 部長は普段何をしているのかもよく考えたら知らなかったりする。 そういう謎めいたところも部長の魅力の一つではあるかもしれないが、 それにしても部員であるはずの私も部長のことを知らなすぎはしないだろうか。
最近の将棋部の主な活動はインターネットを使った対局や チャットによる感想戦と棋譜の研究会になっている。 三鷹市深大寺将棋部もIT化が進んできているが、 ホームページ同好会との提携はその布石であったのではないだろうか。 平成17年11月の時点ではまだ直接向かい合って将棋を指すことが多かったが、 現在(平成18年6月)はもうほとんどがインターネットを 使った活動になっているのは、あの提携があったからこそである。 部長は先を見る力にも大変優れていることがここからもうかがえる。
部長日記は将棋部のHPとほぼ同時にスタートしました。 三鷹市深大寺将棋部のHPは初めは部員たちの棋譜をのせることが主な目的でしたが、 現在は部長日記が圧倒的な人気を誇っており、 HPも当然ながら部長日記がメインになっています。
11月の部長日記は主に部長の価値観について書かれています。 人とは違うということをさらっと語っている。例えば占いに逆らい続けることなんかは 普通に考えればへそ曲がりなだけであるが、その先にしっかりした信念を持っているところは いかにも部長らしい。そういうところにみんな惹かれてしまうのだろう。
部長日記にはたまに不自然な記述がある。 例えば部長が将棋のルールがわからなくなる場面があるが、 将棋部の部長が将棋のルールを知らないなんてまずありえない。 だとすれば忘れたというのが正しい表現になるが 部長が将棋のルールを忘れるのもこれまた不自然である。
この不自然な記述に一つの仮説を立ててみた。 部長はたまに現実と非現実の狭間をさまようことがあるのではないだろうか。 つまり部長は現実と非現実が混ざり合った混沌とした世界にいる。 または時々にそこにさまよってしまう。結局のところはよくわからないが 部長はやっぱり底が見えない人だとつくづく考えてしまう。